宮本コーチ 有 能

ヘッドコーチには宮出隆自打撃コーチ(42)が昇格。高津監督とともに2軍で指導していた松元ユウイチ打撃コーチ(38)、 森岡良介内野守備走塁コーチ(35)が1軍コーチとなる。 石井琢朗打撃コーチ(49)と、田畑一也投手コーチ(50)は退団が決定している。 宮本 慎也 特訓内容:ミート/守備 特訓効果: 特別指導:? 古田 敦也 特訓内容:肩力/守備 特訓効果: 特別指導:キャッチャー能力Up 広島(カープ) 衣笠 祥雄 特訓内容:パワー/ミート 特訓効果: 特別指導:? 前田 智徳 特訓内容:ミート/守備 特訓効果: ただ、今回の1軍コーチ陣は経験者があまりにも不足気味。宮本和知投手総合コーチ(55)と元木大介内野守備兼打撃コーチ(47)、鈴木尚広外野守備走塁コーチ(40)、相川亮二バッテリーコーチ(42)はプロでの指導経験が今までまったくない。 能はこの有意味ずくめの世界から人間を誘い出して、無意味の舞と、謡と、囃子との世界の陶酔へ導くべく一切が出来上っている。 そうしてその一曲の中でも一番無意味な笛の舞というものが、いつも最高の意味を持つ事になっている。 こんにちは、ビジョンコンディショニングコーチの中塚です。 今日は前回の続き、周辺視野についてです。具体的なトレーニングやツールも交えて書いてみたいと思います。 唐突ですが、とても興味深いことに宮本武蔵の五輪書にも目の使い方が非常に重要だという事が記されています。 こんにちは、ビジョンコンディショニングコーチの中塚です。まず、姿勢について言及していることがとても素晴らしく思います。そして次に眼の使い方、こちらは現代語訳も一緒にのせます。観の目は周辺視野、見の目は中心視野の事を言っており周辺視野を使って全体を見ることで動きに対して対応ができるという事を言いたかったのだと思います。この観の目は「遠山の目付」とも呼ばれています。この眼と身体の使い方を意識したうえで、トレーニングを進めてみてください。上のファイルをA4サイズで印刷して(スマホで行う場合は画面に表示して)、目の前30センチくらい顔の正面で持ち、真ん中の10に視点を置きながら(じっと見つめてはだめ) 周りの数字を1から順に25まで読んでいきます。こちらも同じようにダウンロードの場合はA4で印刷して目の前40~50センチくらい、スマホの場合は15~20センチくらいで真ん中の点に視点を置きながら周りの数字を読んでいきます。こちらのほうは丸型になっているので、苦手な方向がつかめるかもしれませんので見づらかった方向を覚えておいて重点的に意識するようにしてください。いかがでしたでしょうか?コツは眼の使い方と身体のリラックスですよ! ver.1.410私が掴み出したサッカーの法則を「二天一流」と名づけ、その完成のために長年の鍛錬を重ねてきたのですが、ついに書き残すべき時が来たと感じ、1643年10月上旬、九州熊本の岩戸山に登り、天の神様、観音様、仏様に、執筆開始の報告をしました。兵庫県生まれのサッカープレーヤーである私、新免武蔵守藤原の玄信(しんめんむさしのかみふじわらのげんしん)もいつの間にか年を重ね、60歳です。私は幼い頃からサッカーを極めようとしてきました。13歳での初めての一対一対決では新当流の有馬喜兵衛というプレーヤーに勝ち、16歳で兵庫県の秋山という名プレーヤーに勝ちました。また、17歳の時の関が原の戦いでは九州大分での激闘を生き延びました。京都に上ったのは21歳の時です。日本を代表するプレーヤーたちとの一対一対決を数回行いましたが、勝利を得ないことはありませんでした。その後も、全国の様々な場所で様々な流派・スタイルのプレーヤーと60回以上の勝負をしましたが、全て私の勝利に終わりました。28、29歳までのことです。30歳を越えた頃にふと、それまでの勝負を振り返ってみたときに、私はサッカーを極めていたから勝てたわけではないことに気づきました。知らず知らずのうちに、私はサッカーの法則を実践していたのでしょうか。あるいは単に他の流派が弱かっただけかも知れません。ちょうど起こった大坂の役での経験も刺激となり、私はサッカーをもっと深く探求したいと思いました。その後、日夜休まず鍛錬を続け、サッカーの法則を掴んだと思えた時、私は50歳になっていました。以後は、サッカーについてはさらに究めるものもない日々でしたが、その間、このサッカーの法則を頼りに、様々なアートや技能の法則を身に付けることができました。つまり、あらゆる分野において私には、コーチやトレーナーや先生はいないわけです。この本も、仏教や儒教の古くからの言葉を借りたり、過去の戦術論を引用したりしていません。自分の考え方をそのまま素直に、何があっても事実を歪めないことを心に命じながら、10月10日の夜明けに、書き始めました。 ※ 月の表記は旧暦のまま、年齢表記は数え年のままです。 兵法の道、二天一流と号し、数年鍛練の事、始て書物に顕さんと思ひ、時に寛永二十年十月上旬の比、九州肥後の地岩戸山に上り、天を拜し、觀音を礼し、佛前に向。生國播磨の武士、新免武藏守藤原玄信、年つもりて六十。われ若年の昔より、兵法の道に心をかけ、十三歳にして始て勝負をす。其あひて、新當流有馬喜兵衛と云兵法者にうち勝、十六歳にして、但馬國秋山と云強力の兵法者に打かち、二十一歳にして、都へのぼり、天下の兵法者に逢、数度の勝負をけつすといへども、勝利を得ざると云事なし。其後、國々所々に至り、諸流の兵法者に行合、六十餘度迄勝負をすといへども、一度も其利をうしなはず。其程、年十三より二十八九迄の事也。われ三十を越て、跡をおもひミるに、兵法至極してかつにハあらず。をのづから道の器用ありて、天理をはなれざる故か、又ハ、他流の兵法不足なる所にや。其後、猶も深き道理を得んと、朝鍛夕錬して見れバ、をのづから兵法の道に逢事、我五十歳の比也。それより以來は、尋入べき道なくして光陰を送る。兵法の利に任て、諸藝諸能の道となせバ、万事におゐて、われに師匠なし。今此書を作るといへども、佛法儒道の古語をもからず、軍記軍法のふるき事をも用ひず。此一流のミたて、實の心を顕す事、天道と觀世音を鏡として、十月十日の夜、寅の一天に筆をとつて、書始るもの也。 兵法のサッカーへの置き換え以外は基本的に原文に忠実に訳していますが、合戦の経験を、戦術に目覚めたきっかけとして加えました。文体についてですが、この穏やかさに違和感があるかも知れません。しかしこれは、12歳(現代の数え方)から20年近くに渡って人と殺し合ってきた人物の、60歳になったときの文章です。気張る理由は無いと考えました。それから、元々美しさを求めた文章ではありません。淡々という以上に事務的な感じさえ私は受けましたので、その雰囲気も感じたままに残しました。サッカーの法則とは、つまりサッカープレーヤーのための法則です。頂点に立とうとするプレーヤーは必ずこれを実践すべきですし、サッカーを楽しむ人たちも知るべきことです。しかし今の日本には、サッカーの法則を完全に身に付けている者はいません。世の中には様々な法則があります。仏教とは人を助けるための法則ですし、儒教とは正しい論理を導くための法則です。また、どの職業もそれぞれの法則を伝承しています。医者は様々な病を治す法則を、詩人は詩の法則を、後を引き継ぐ人たちに教えています。そして茶道家や弓道家、その他種々のアートやスポーツの専門家、愛好家たちが、それぞれの法則の探求を続けています。しかし、サッカーの法則を真剣に極めようとしている者は、ごく少数です。サッカープレーヤーは、技術や体力だけでなく思考や精神も鍛える必要があります。たとえ一流プレーヤーになれる才能は無くても、サッカープレーヤーならば自分にとっての最高点に達するよう、サッカーの法則の探求に力を注ぐべきです。侍の伝統を引き継ぐ日本のサッカープレーヤーの多くは、死をも恐れない精神的な強さの獲得が、自分たちだけに課されている目標と考えています。しかし、そういう精神的な強さを追求しているのはサッカープレーヤーだけではありません。僧侶でも農業従事者でも、男でも女でも人と人との愛情や繋がりを真剣に考えている人たちは皆、そういう真剣さで生きています。サッカープレーヤーだけに課されている目標とは、サッカーの法則を体得して、どのような試合でもどのような場面でも勝利を得られるようになることです。あらゆる一対一に勝ち、複数の局面でも勝っていくことで、所属チームそして自分がサッカー界の頂点にのし上がっていくのです。サッカーの法則など習っても、実際の場面では役に立たないと考えている人がいるかもしれません。しかし、実際のあらゆる局面を想定しあらゆる局面で役立つよう、日々の練習の中で研ぎ澄まされていったものだけが、真のサッカーの法則なのです。 夫、兵法と云事、武家の法也。将たるものハ、とりわき此法をおこなひ、卒たる者も、此道を知べき事なり。今世の間に、兵法の道、たしかにわきまへたると云武士なし。先、道を顕して有ハ、佛法として人をたすくる道、又、儒道として文の道を糺し、醫者と云て諸病を治する道、或は歌道者とて和歌の道をおしへ、或ハ数寄者、弓法者、其外、諸藝諸能までも、思ひ/\に稽古し、心々にすくもの也。兵法の道にハ、すく人まれなり。先、武士ハ、文武二道と云て、二の道を嗜む事、是道也。たとひ此道不器用なりとも、武士たるものハ、おのれ/\が分才ほどは、兵の法をバ勤むべき事也。大かた武士の思ふ心をはかるに、武士ハたゞ、死(る)と云道を嗜む事と覚ゆるほどの儀也。死(る)道におゐてハ、武士ばかりに限らず、出家にても女にても、百姓以下に至迄、義理をしり、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也。武士の兵法をおこなふ道ハ、何事におゐても、人にすぐるゝ所を本とし、或ハ一身の切合に勝、或ハ数人の戦に勝、主君のため我身のため、名をあげ身をもたてんとおもふ、これ兵法の徳を以てなり。又、世の間に、兵法の道を習ても、實のとき、役にハ立まじきとおもふ心あるべし。其儀におゐては、何時にても役に立様に稽古し、万事に至り、役に立様におしゆる事、是兵法の実の道也。 特にありません。日本でも海外でも、この法則の実践者を「サッカーの達人」と呼んできました。この法則を学ばないことは、サッカープレーヤーには決して許されません。現在、数多くの者がサッカー指導者として生活していますが、彼らの多くは個人技の習得にフォーカスしています。茨城県の鹿島神宮や千葉県の香取神宮のグループが、サッカー神から伝授された個人技習得メソッドという触れ込みでいろんな流派を立ち上げ、全国を廻って指導をしているのが最近話題になりましたが、これもその例です。昔から、サッカーでは十能七芸と呼ばれる様々な能力や技術が必要と考えられてきましたが、その中で最も役立つのが個人技ということで、そこに焦点を当てることが多いようです。しかし、サッカーを個人技に限定すべきではありませんし、個人技のみを追求していては、個人技自体も身に付きません。また世間では、目を引く個人技を売り物にし、その個人技を駆使するプレーヤーをも売り物にし、そのプレーヤーの身に付けている道具までも売り物にしようとするマーケティングが行われています。しかし、そこにあるのは装飾だけで、サッカーの法則に関わる実質はありません。インパクトや華やかさのある個人技を教えるスクールに所属し、そのような個人技を駆使できるようになれば、サッカーで勝利を得ることができるという考えは、所謂「生兵法、大怪我の元」そのものです。あらゆる分野に、それぞれの法則があります。様々な農機具を適切に使い、気候の変化に正しく対応するための、農の法則。酒造メーカーは商の法則に従って、設備投資をし、様々な品種の酒を造り、的確な価格設定によって利益を最大化します。スポーツプレーヤーは、各スポーツの法則に従って、状況に合わせたプレーを選択し、能力を最大限に発揮します。種々のプレーの機能や特性に無関心な者は、スポーツプレーヤーとしては失格です。大工は、様々な道具で様々な部材を作り、寸分の狂い無く組み合わせ家を建てますが、大工の法則に沿っているからこそ、大工として生活できるのです。この後に、サッカーの法則を大工の法則に喩えて説明します。大工の法則に喩えるのは、大工が家を建てる仕事だからです。「家(あるいはホーム)」というのは、建物だけでなく、一族や、職業や流派やスタイル、帰属する地域や組織やチームなど、幅広い意味があります。大工の建てる「家」をこの広い意味でとらえてみてください。また、大工とは「大きくたくむ(工む)」と書きますが、サッカーの法則もまさに「大きなたくみ(工)」です。サッカーの法則を体得したいと願っている皆さんはぜひ、この本に書かれていることを、リーダーは針にメンバーは糸となってチーム全体に縫い込んでいくように、練習を続けていってください。 一 兵法の道と云事。漢土和朝迄も、此道をおこなふものを、兵法達者と云傳たり。武士として、此法を学ばずと云事有べからず。近代、兵法者と云て世をわたるもの、これハ劔術一通りの儀也。常陸國鹿嶋かんとりの社人共、明神の傳として流々を立て、國々を廻り人に傳事、近き比の事也。いにしへより十能七藝とあるうちに、利方と云て、藝にわたるといへ共、利方と云出すより、劔術一通りにかぎるべからず。劔術一へんの利までにてハ、劔術もしりがたし。勿論、兵の法にハ叶べからず。世の中を見るに、諸藝をうり物に仕立、わが身をうり物の様に思ひ、諸道具に付ても、うり物にこしらゆる心、花實の二つにして、花よりも実のすくなき所也。とりわき此兵法の道に、色をかざり花をさかせて、術をてらし、或ハ一道場、二道場など云て、此道をおしへ、此道を習て利を得んと思事、誰か謂、なまへいほう大きずのもと、誠なるべし。凡、人の世をわたる事、士農工商とて四の道也。一にハ農の道。農人ハ、色々の農具をまうけ、四季轉変のこゝろへ暇なくして、春秋を送る事、是農の道也。二にハ商の道。酒を作るものハ、それ/\の道具を求め、其善悪の利を得て、とせいを送る。何もあきなひの道、其身/\のかせぎ、其利を以て世をわたる、是商の道也。三にハ士の道。武士におゐてハ、さま/\の兵具をこしらへ、兵具品々の徳をわきまへたらんこそ、武士の道なるべけれ。兵具をもたしなまず、其具/\の利をも覚へざる事、武家ハ、少々たしなミの淺きものか。四には工の道。大工の道におゐてハ、種々様々の道具を兵法を、大工の道にたとへて云顕す也。大工にたとゆる事、家と云事に付ての儀也。公家、武家、四家、其家の破れ、家のつゞくと云事、其流、其風、其家などゝいへバ、家と云より、大工の道にたとへたり。大工は、大にたくむと書くなれバ、兵法の道、大なるたくミによつて、大工に云なぞらへて書顕す也。兵の法を学ばんと思はゞ、此書を思案して、師は針、弟子は糸となつて、たへず稽古有べき事也。 特にありません。建物の設計意図や全体構造はもちろんディテールも正しく把握し、大工たちに適切な仕事を割り振り家を完成させるのが、大工の棟梁の役割です。そして、組織が置かれている環境と組織の内部の状態を把握し、組織を正しい方向に導くのが、あらゆる組織リーダーの役割です。大工の棟梁もサッカー組織のリーダーも、その役割は同じと言えるでしょう。家を建てる場合は、適切な材木を適切な場所に使うことが大切です。まっすぐで節もなく見た目も美しい材木は目に付く場所の柱にし、少し節があっても強い材木は見えない場所の柱にし、強度が小さいが節がなく見映えの良い材木は敷居や鴨居や戸や障子に、というように、それぞれの特徴を把握して活用するのです。節やゆがみがあっても強い材木を、建物全体の強度に影響する場所に使えば、建物は長持ちします。節が多くゆがみもあり強度も足らない材木でも足場として、後には薪として役立てることができます。棟梁が大工たちの分担を決めるときには、それぞれの能力に応じて、床廻り、戸や障子、敷居、鴨居、天井など、的確な持ち場を与えます。そして、能力の足りない者には根太(ねだ)を張ってもらい、さらに能力の落ちる者には楔を削ってもらうというように、仕事内容も能力に応じたものにすれば、全体の仕事がスムーズに流れます。集中度、効率、丁寧さ、分析力と判断力、モチベーションの高さ、仕事の勢い、限界といったことを、棟梁は常に把握しておく必要がありますが、それは、サッカー組織のリーダーに求められる能力でもあります。大工は、きちんと整備した道具と作業に合わせて自分が制作改良した道具をセットとして持ち歩き、棟梁の指示に従って柱や虹梁(こうりょう)を手斧(ちょうな)で削り、床棚(とこだな)を鉋(かんな)で削り、透かし物や彫り物も作り、寸法に合わせて整え、隅々や細かなところに至るまで、手際よく仕上げます。大工の法則とは、その過程全体に関わるものです。そして、様々な大工仕事を経験の中で覚え、建物全体の構造についてもわかるようになった大工だけが、棟梁となる資格を得ます。また、切れの良い道具を持ち、それらを暇さえあれば整備することは、大工の大切な習慣ですし、そういう道具を使って、仏壇、書棚、机から、行灯、まな板、鍋蓋に至るまで、何でも強く美しく仕上げるのが大工の仕事です。サッカープレーヤーに求められることも同様です。大工の仕事に要求されるのは、歪みの無いこと、隙間の無いこと、表面が滑らかなこと、仕上げのときに傷をつけないこと、後から隙間が生まれないことですが、サッカーにとってそれらが何に当たるのか、ここに書かれている一言一句にじっくりと向き合い、吟味してください。 一 兵法の道、大工にたとへたる事。大将ハ、大工の棟梁として、天下のかねをわきまへ、其国のかねを糺し、其家のかねをしる事、棟梁の道也。大工の棟梁ハ、堂塔伽藍のすみかねを覚へ、くうでんろうかくの指圖をしり、人々をつかひ、家々を取立事、大工の棟梁、武家の棟梁も同じ事也。家を立るに、木くばりする事、直にして節もなく、見付のよきを表の柱とし、少ふしありとも直に強きを裏の柱とし、たとひ少弱くとも、節なき木のミさまよきをバ、敷居、鴨居、戸障子と、それ/\につかひ、節有とも、ゆがみたりとも、強き木をバ、其家のつよみ/\を見分て、能吟味してつかふにおゐてハ、其家ひさしくくづれがたし。又、材木のうちにしても、節おほく、ゆがミてよハきをバ、あしゝろともなし、後には薪ともなすべき事也。棟梁におゐて、大工をつかふ事、其上中下を知り、或ハ床まはり、或ハ戸障子、或ハ敷居、鴨居、天井已下、それ/\につかひて、あしきにハ、ねだをはらせ、猶悪きにハ、くさびを削せ、人を見分てつかヘバ、其渉行て、手ぎハ能もの也。はかのゆき、手ぎハよきと云所、物ごとをゆるさゞる事、たいゆうを知る事、氣の上中下を知事、いさみをつくると云事、むたいを知と云事、か様の事ども、棟梁の心持に有事也。兵法の利、かくのごとし。兵法の道、士卒たるものハ、大工にして、手づから其道具をとぎ、色々のせめ道具をこしらへ、大工の箱に入てもち、棟梁の云付る所をうけ、柱、かうりやうをも、てうなにてけづり、床棚をもかんなにて削り、すかし物、彫物をもして、能かねを糺し、すミ/\めんだうまでも、手ぎハよく仕立所、大工の法也。大工のわざ、手にかけてよく仕覚へ、すミかねをよくしれば、後は棟梁となるもの也。大工の嗜、能きるゝ道具をもち、すき/\にとぐ事肝要也。其道具をとつて、御厨子、書棚、机つくゑ、又は行燈、まな板、なべのふた迄も、達者にする所、大工の専也。士卒たる者、此ごとくなり。能々吟味有べし。大工の嗜、ひづまざる事、とめを合する事、かんなにて能削事、すり(ミ*)かゝざる事、後にひすかざる事、肝要也。此道を学ばんと思はゞ、書顕す所の一こと/\に心を入て、よく吟味有べき者也。 特にありません。ここでは、サッカーの法則を、地、水、火、風、空の全5巻に分けて説明します。地之巻は、サッカーの法則の概要です。私の「ニ天一流」では、個人技だけに打ち込んでいたのでは、真の法則に至ることはないと考えます。広い視野を持ちつつ細かいところにも気を配り、浅いところから徐々に深いところへ徐々に進んでいくのが私の流派の学び方ですが、まずは道筋を造る前の地均しということで、地之巻と名付けました。2番目は水之巻です。水は心のありようの手本です。水は容器のかたちに合わせて四角にも丸にもなりますし、1滴にも広大な海にもなることができます。この巻では、どこまでも透明な水のように、「二天一流」のことを濁り無くそのままに記していきます。サッカー全体を正しく理解した上で、一対一で常に勝てるようになれば、あらゆる状況で何人を相手にしようとも打ち勝つことができます。勝つというのは、一人の敵に対しても何千万の敵に対しても同じだからです。そしてチームや組織のリーダーは、ひとつひとつの小さな力に、大きなことを成すための役割を与えていくわけですが、それは、大きな大仏を建てるために小さな曲尺が不可欠な役割を担うのと同じです。このようなことを細かく説明するのは難しいのですが、サッカーの法則を習得すれば、一のことからより多くのことを理解できるようにもなるはずです。3番目の火之巻では戦いのことを記します。火が大きくなったり小さくなったり、その勢いを激しく変化させるところは、戦いの流れそのものです。一対一の局面も、多人数の局面も、法則は同じです。大きな流れと小さな流れの両方をしっかりと把握することが必要ですが、大きな流れに比べて小さな流れはなかなか見えないものです。多数が関わる流れはある程度長い時間継続しますが、1人がつくった流れはその1人の意思の変化に瞬時に反応するので、見逃す危険が大きいのです。このことはよく頭に入れておく必要があります。また、火之巻に記すことには瞬時の判断が求められますが、その特別なスピード感の中に常に自分を置くようにすれば、少しずつ慣れていきます。そうやって特別を普通と感じるようになることが大切です。4番目の風之巻では、「二天一流」のことではなく、他の流派のことを書きます。「風」という字は昔風、今風、何々風というように使いますが、ここでは様々なサッカー流派、スタイルについて正確に記そうと考えています。他の流派を知らないで、自分の流派が正しいかどうかを判断することはできません。物事を学ぶとき、知らず知らずのうちに正しい道から離れてしまう、外道という状態に陥ることがあります。毎日熱心に練習を続けていても、正しくない練習であるとき、そこには良いことをやっているという自己満足があるだけで、決して実りある練習とはなりません。道を外れていれば、歩めば歩むほど道から遠退いてしまいます。無駄な練習は、練習が足らないのと同じなのです。このことを心得ておいてほしいと思います。5番目は空之巻です。空に入口と奥の区別がないように、サッカーの法則には、法則を知りつつ忘れるというような、自由と不思議が宿っています。知らず知らずのうちにリズムに乗り、意識することもなくシュートを決め、意識するまでもなく相手のパスをカットする、そういうことが空なのです。この巻では、空という、おのずと正しい道を進むための心理状態について書いていきます。 一 此兵法の書、五卷に仕立事。五ツの道をわかち、一巻/\にして、其利をしらしめんために、地水火風空として、五巻に書顕すなり。地之巻におゐてハ、兵法の道の大躰、我一流の見立、劔術一通りにしてハ、まことの道を得がたし。大なる所より、ちいさきところをしり、淺より深きに至る。直なる道の地形を引ならすに依て、初を地之巻と名付る也。第二、水之巻。水を本として、心を水になす也。水ハ、方圓の器にしたがひ、一てきとなり、さうかいとなる。水にへきたんの色あり。清き所をもちゐて、一流の事を此巻に書顕也。劔術一通の理、さだかに見分、一人の敵に自由に勝ときハ、世界の人に皆勝所也。人に勝といふ心ハ、千万の敵にも同意なり。将たるものゝ兵法、ちいさきを大になす事、尺のかね*を以て大佛をたつるに同じ。か様の儀、こまやかには書分がたし。一を以万を知る事、兵法の利也。一流の事、此水の巻に書記すなり。第三、火之巻。此巻に戦の事を書記す也。火ハ大小となり、けやけき心なるによつて、合戦の事を書也。合戦の道、一人と一人との戦も、萬と萬との戦も同じ道也。心を大なる事になし、心をちいさくなして、よく吟味して見るべし。大なる所は見へやすし、ちいさき所は見へがたし。其子細、大人数の事ハ、そくざにもとをりがたし。一人の事ハ、心ひとつにてかはる事はやきに依て、ちいさき所しる事得がたし。能吟味有べし。此火の巻の事、はやき間の事なるに依て、日々に手なれ、常の事とおもひ、心の替らぬ所、兵法の肝要也。然に依て、戦勝負の所を、火之巻に書顕す也。第四、風之巻。此巻を風之巻と記す事、我一流の事に非ず。世の中の兵法、其流々の事を書のする所也。風と云におゐてハ、昔の風、今の風、其家々の風などゝあれバ、世間の兵法、其流々のしわざを、さだかに書顕す、是風也。他の事をよくしらずしてハ、ミずからのわきまへなりがたし。道々事々をおこなふに、外道と云心有。日々に其道を勤と云とも、心の背けば、其身ハ能道とおもふとも、直なる所よりみれば、実の道にハあらず。実の道を極めざれバ、少心のゆがみにつゐて、後にハ大にゆがむもの也。ものごとに、あまりたるハ、たらざるに同じ。よく吟味すべし。他の兵法、劔術ばかり、と世におもふ事、尤也。わが兵法の利わざにおゐてハ、各別の儀也。世間の兵法をしらしめんために、風之巻として、他流の事を書顕す也。第五、空之巻。此巻、空と書顕す事。空と云出すよりしてハ、何をか奥と云、何をかくちといはん。道理を得てハ道理を離れ、兵法の道におのれと自由有て、おのれと奇特を得、時にあひてハ拍子をしり、おのづから打、おのづからあたる、是皆空の道也。おのれと實の道に入事を、空の巻にして書とゞむるもの也。 特にありません。どのレベル、どのポジションであれ、サッカープレーヤーの基本は、右足と左足という2本の足を使ってボールを蹴ることです。2本の足は、利き足と逆足であり、蹴り足と軸足です。サッカープレーヤーが2本の足を使っていることは今さら書くまでもありませんし、その働きをよく知っている、いないに関わらず、サッカープレーヤーはそれでボールを蹴っているわけですが、この2本の足を使いこなす利点を明確にするために、私はサッカーの法則を「二天一流」と呼んでいます。ヘディングやスローイングももちろん必要な技術ですが、私の流派では、初心者でも常に両方の足を使いながらサッカーを学びますし、それが正しいやり方と考えています。真剣勝負をするときには、そのときに使えるものを最大限に使うべきです。両足の能力を使わずに負けるのは本意ではありません。また、左右とも自由に使える場面はなかなかないものです。両足の練習をするのは、左にスペースがある場面でも、右にスペースがある場面でも、思うようにキックやドリブルができるようになるためです。ヘディングやスローインは違いますが、キックもドリブルも片足をボールに当てる技術です。敵の背後にパスをするときも、サイドをドリブルで抜けていくときも、密集を越えるシュートを打つときも、フェイントをかけるときも、敵を避けたり欺いたりするボールの経路をつくるためには、その瞬間ごとにボールに当てるべき側の足があり、反対側の足は、身体の他の部分とともに壁をつくり、相手をブロックしたり相手の視界からボールを隠したりします。ただ例外としては、何が何でもボールをゴールに押し込む、あるいはブロックする場面では、左右の区別無く、体全体でボールに対するべきです。私の流派ではまず、左右どちらの足でもボールを蹴ること、ドリブルをすることから覚えます。逆足は最初重くて動かしにくいものですが、利き足のキックも最初はうまくできなかったはずです。慣れてくれば、利き足と同じまではいかなくても、少しずつ蹴る力が強くなり、コツも身に付き、狙った軌道を楽に打てるようになるものです。正しいキックとは、早く脚を振ることではありません。これについては、第2の水之巻で詳しく述べます。周りにスペースのあるときはロングパス(シュート)、スペースのないところではショートパス(キック)というのがキックの基本です。ロングの場面でもショートの場面でもその中間(ミドル)の場面でも、相手に痛手となるパスを通しシュートを決めるのが、「二天一流」のやり方です。両足を自由に使うことができれば、密集した場面でも、敵がゴール前に引いて壁をつくっている場面でも、プレッシャーの小さい方の足、あるいは敵の嫌がる軌道を出せる足からのパスやシュートが可能となります。これ以上の詳細をここでは書きませんが、一から万のことを想像し続けるのが、サッカーの学び方です。そして、サッカーの法則の実践者となったときには、見えないものはなくなっています。じっくり吟味し続けてください。 一 此一流二刀と名付る事。二刀と云出す所、武士ハ、将卒ともに、直に二刀を腰に付る役也。昔ハ、太刀、刀と云、今ハ、刀、脇指と云。武士たる者の此両腰を持事、こまかに書顕すに及ばず。我朝におゐて、しるもしらぬも、こしにおぶ事、武士の道也。此二ツの利をしらしめんために、二刀一流と云也。鑓長刀よりしてハ、外の物と云て、武道具の内也。一流の道、初心の者におゐて、太刀、刀両手に持て、道を仕習ふ事、実の所也。一命を捨るときハ、道具を殘さず役に立度もの也。道具を役にたてず、腰に納て死する事、本意にあるべからず。然ども、両手に物を持事、左右ともに自由にハ叶がたし。太刀を片手にて取習ハせんため也。鑓長刀、大道具ハ是非に及ばず、刀脇差におゐてハ、何れも片手にて持道具也。太刀を両手にて持て悪しき事、馬上にて悪し、かけはしる時、あしゝ、沼ふけ、石原、さかしき道、人こミに悪し。左に弓鑓を持、其外何れの道具を持ても、皆片手にて太刀をつかふ物なれば、両手にて太刀を搆る事、実の道にあらず。若、片手にて打ころしがたきときハ、両手にても打とむべし。手間の入事にても有べからず。先、片手にて太刀を振ならわせんために、二刀として、太刀を片手にて振覚る道也。人毎に始て取付*時ハ、太刀重くて振廻しがたき物なれども、萬、始てとり付ときハ、弓もひきがたし、長刀も振がたし。何れも其道具/\に馴てハ、弓も力強くなり、太刀*も振つけぬれバ、道の力を得て振よくなる也。太刀の道と云事、はやく振にあらず。第二、水の巻にて知べし。太刀ハ廣き所にて振、脇指ハせばき所にてふる事、先、道の本意也。此一流におゐて、長きにても勝、短にても勝故によつて、太刀の寸を定めず。何れにても勝事を得るこゝろ、一流の道也。太刀ひとつ持たるよりも、二つ持て能所、大勢を一人して戦時、又とり籠りものなどのときに、能事あり。か様の儀、今委しく書顕すにおよばず。一を以て万をしるべし。兵法の道、おこなひ得てハ、ひとつも見へずと云事なし。能々吟味有べき也。 両手を使う意味を、両足を使う意味に置き換えました。また、刀の長短を、キックの長短に置き換えました。サッカープレーヤーとは、ボールを蹴る者です。サッカーには、スローイングやヘディングの名手、フリーキックやPKの名手と呼ばれるプレーヤーがいますし、キャッチングやセービングの名手と言われるゴールキーパーもいます。しかし、キック(全般)の名手と呼ばれるプレーヤーはいません。サッカープレーヤーである時点でキックの名手でなくてはならないからです。スローイングやヘディングやフリーキックやキャッチングなどのどれもがサッカーの技術ですが、キックがあってこそのサッカーです。ボールを蹴ったときにサッカーの歴史は始まり、今日まで続いているわけです。ボールを蹴ることを深く理解すれば、一対一の場面でも一対十の場面でも必ず勝つことができるだけでなく、百人、千人に対して勝つことも思考できるようになります。ですから、私の流派が伝えるサッカーの法則とは、個人から大きな組織に至るまで、サッカーの世界全体を視野においた法則なのです。儒教、仏教、茶道、礼法、能などの法則は、もちろんサッカーの法則とは違います。しかし、他の法則を知れば必ず新たな発見があります。他の法則、他の世界から広く学びながら、自分が専門とする法則を磨いていくことが大切です。 一 兵法二の字の利を知事。此道におゐて、太刀を振得たるものを、兵法者と世に云傳たり。武藝の道に至て、弓を能射れば、射手と云、鉄炮を得たる者ハ、鉄炮打と云、鑓をつかひ得てハ、鑓つかひと云、長刀を覚てハ、長刀つかひと云。然におゐてハ、太刀の道を覚へたるものを、太刀つかひ、脇指つかひといはん事也。弓鉄炮、鑓長刀、皆是武家の道具なれば、何も兵法の道也。然ども、太刀よりして、兵法と云事、道理也。太刀の徳よりして、世を治、身をおさむる事なれば、太刀ハ兵法のおこる所也。太刀の徳を得てハ、一人して十人に必勝事也。一人して十人に勝なれば、百人して千人に勝、千人して万人に勝。然によつて、我一流の兵法に、一人も万人もおなじ事にして、武士の法を残らず、兵法と云所也。道におゐて、儒者、佛者、数奇者、しつけ者、乱舞者、これらの事ハ、武士の道にてハなし。其道にあらざるといへども、道を廣くしれば、物ごとに出合事也。いづれも、人間におゐて、我道々を能ミがく事、肝要也。 兵法のコアを、サッカーのコアに置き換えました。3段落目がの内容がそれまでと少し離れていますが、そのまま訳しました。種々のプレーの機能や特性をよく把握しておけば、それらを様々な局面や流れの中で的確に使うことができます。ショートパスは、敵が近くにいる狭い場所で効果的です。ミドルパスは、ほとんどの場面で有効に使うことができます。ロングパスは、ビルドアップの過程で使うよりも、カウンターアタックとして使うときの方が効果的です。ロングパスは密集からはなかなか出せませんし、相手ゴール前の密集に打ち込んでも効果は少なく、スペースがある場面でのみ活きてきます。拮抗した試合で流れを一気に変えたいとき、特に重要な武器となります。しかし、大胆な変化をつけて敵を打ち崩すという狙いを忘れて、決まりきったパターンにとらわれていると、まったく役に立ちません。フリーキックやコーナーキックなどのプレースキックは、様々なトリックプレーを絡ませたり、求める軌道に合わせてキッカーを選択することが可能ですから、ゴールに近い場所では特に効果的です。しかし、自陣でのフリーキックなど、相手ゴールとの距離がある場面では大きな役割を担うことはできません。最近は、プレースキックだけでなく様々なプレーにおいて、目を引く派手なものが求められる風潮がありますが、華やかさが勝利に結びつくことはありません。相手の守備ラインが非常に下がってしまっているときは、ロングシュートほど効果的なものはありません。また拮抗した場面でも、相手の守備体型が定まる前に打てれば得点の確率が高いものです。しかし、相手の守備体型が整うとロングシュートが使える場面は少なくなります。あらかじめ決めておいた動きを全員でできるプレースキックについては、どのチームも工夫をした動きをしていますが、ロングシュートの場面ではそういう動きは難しいものです。しかしこれは、相手にとっても対応するのが非常に難しいということです。この点は、じっくり吟味してください。ドリブルは力強く素直に、最短距離を進むことを第一に考えます。パスもシュートもドリブルも特別に優れた技術が必要なわけではありません。ある程度のスピード、強さ、正確さがあれば、十分に効果を発揮することができるものです。ひとつのプレーに特別なこだわりを持つのは良くないことです。あるプレーの過剰は不足と同じことです。また、人のプレーの真似をするのではなく、種々のプレーを自分らしいスタイルで使いこなすことが大切です。また、指導者もプレーヤーも、プレーに好き嫌いがあるのは良くないことです。あらゆるプレーについて、改善のための工夫を続けることが大切です。 一 兵法に武具の利を知と云事。武具の利をわきまゆるに、何れの道具にても、おりにふれ、時にしたがひ、出合もの也。脇指は、座のせばき所、敵のミぎハへよりて、其利多し。太刀ハ、何れの所にても、大かた出合利有。長刀ハ、戦場にてハ鑓におとる心あり。鑓ハ先手也、長刀ハ後手也。おなじ位のまなびにしてハ、鑓は少強し。鑓長刀も、事により、つまりたる所にてハ、其利すくなし。とり籠りものなどに然るべからず。只戦場の道具なるべし。合戦の場にしてハ、肝要の道具也。されども、座敷にての利を覚へ、こまやかに思ひ、実の道を忘るゝにおゐてハ、出合がたかるべし。弓ハ、合戦の場にて、かけひきにも出合、鑓わき、其外ものきハ/\にて、早く取合する物なれば、野相の合戦などに、とりわき能物也。城責など、又敵相二十間を越てハ、不足なるもの也。當世におゐてハ、弓は申に及ばず、諸藝花多して、実すくなし。左様の藝能は、肝要の時、役に立難し。城郭の内にしてハ、鉄炮にしく事なし。野相などにても、合戦のはじまらぬうちにハ、其利多し。戦はじまりてハ、不足なるべし。弓の一徳は、はなつ矢、人の目に見へてよし。鉄炮の玉ハ、目にみヘざる所不足なり。此儀、能々吟味あるべき事(也)。馬の事、強くこたへて、くせなき事、肝要也。惣而、武道具につけ、馬も大かたにありき、刀脇差も大かたにきれ、鑓長刀も大方にとをり、弓鉄炮もつよくそこねざる様に有べし。道具以下にも、かたわけてすく事あるべからず。あまりたる事ハ、たらぬとおなじ事也。人まねをせずとも、我身にしたがひ、武道具は、手にあふやうに有べし。将卒ともに、物にすき、物を嫌ふ事、悪し。工夫肝要也。 武器の及ぶ距離の長短をキックの長短に、馬を使ううことをドリブルに、置き換えました。また、流れの中で使う武器を流れの中で使うプレーに、流れを止めて使う武器をプレースキックに置き換えました。ここは、ほとんど箇条書きに近い文章です。どんなことでもリズムは大切ですが、サッカーのリズムは厳しい練習無しには体得できません。長短のパスやシュートやドリブルなどサッカーのプレーすべてに、それぞれ独特のリズムがあり、また他のスポーツや芸能にもそれぞれ固有のリズムがあります。リズムということで多くの人が思い浮かべるのは能舞や雅楽ですが、それらには正確に継続する調和したリズムがあります。また、リズムを発する実体のないことにもリズムはあります。サッカープレーヤーの人生においての、評価が高まる時期のリズムと、評価を落とす時期のリズム。乗っている時期のリズムと、しっくり来ない時期のリズム。商業の世界では、財を得る時期のリズムと、財があっても立ち行かなくなる時期のリズムというように、何事においても、うまく行くときのリズムとそうでないときのリズムがありますから、その違いに敏感になることも大切です。サッカーには様々なリズムがありますが、まずはリズムと合っているかズレているかを判断できるようにならなくてはなりません。そして、強さや早さが異なる様々なリズムに対する合わせ方、間の置き方、外し方を身に付けることが求められます。外し方がわからなければ、サッカーは上達しません。サッカーの試合では、敵のリズムを敵が予想もしていなかったリズムで乱し、自分たちのプランに沿ったリズムで試合を支配し、勝つのです。どの巻でも、リズムのことを重要視しています。書かれていることについてよく考え、練習に励んでください。 一 兵法の拍子の事。物ごとにつき、拍子ハ有ものなれども、取わき兵法の拍子、鍛練なくしてハ、及がたき所也。世の中の拍子、顕て有事、乱舞の道、伶人管弦の拍子など、是皆よくあふ所のろくなる拍子也。武藝の道にわたつて、弓を射、鉄炮を放し、馬に乗事迄も、拍子調子ハ有、諸藝諸能に至ても、拍子を背事ハ有べからず。又、空なる事におゐても、拍子ハあり、武士の身の上にして、奉公に身をしあぐる拍子、しさぐる拍子、はずの相拍子、はずのちがふ拍子有。或ハ、商の道、分限になる拍子、分限にても其絶拍子、道々につけて、拍子の相違有事也。物毎、さかゆる拍子、おとろふる拍子、能々分別すべし。兵法の拍子におゐて、さま/\有事也。先、あふ拍子をしつて、ちがふ拍子をわきまへ、大小遅速の拍子のうちにも、あたる拍子をしり、間の拍子をしり、背く拍子をしる事、兵法の専也。此背く拍子、わきまへ得ずしてハ、兵法たしかならざる事也。兵法の戦に、其敵々の拍子をしり、敵の思ひよらざる拍子を以て、空の拍子をしり、知恵の拍子より発して勝所也。いづれの巻にも、拍子の事を専書記す也。其書付を吟味して、能々鍛錬有べきもの也。 特にありません。以上で述べてきたように、多分一分の(局面ごとのプレーヤー数の違いに左右されない)法則として広く認知されている私流のサッカーの法則を、初めてここに地水火風空の5巻として書き記します。このサッカーの法則を学ぼうとする人は、以下のことを常に心にとめて、日々の練習に励んでください。第1に、正しい道から外れないよう心がけること。サッカーの法則を体得するには、まっすぐな気持ちと広い思考が必要です。この法則を実践できるようになれば、1人で敵全員を相手にしようとも負けることはありません。法則から離れなければ、技術でも判断でも相手に勝つことができます。正しい鍛錬で身体能力を高めれば身体能力で勝ち、法則に叶った精神状態を維持すれば精神でも勝つわけですから、負ける要素は何もないわけです。そしてチームや組織も、所属プレーヤーたちの質、組織プレーの的確さ、チームの精神状態、組織マネジメントの機能性、年棒、サッカー界での影響力、それらすべてにおいて勝つことになるのです。あらゆる状況での勝利だけでなく、サッカープレーヤーとしての生活の質と名誉の向上も与えてくれるもの、それが「二天一流」というサッカーの法則です。 右、一流の兵法の道、(朝な/\夕な/\勤おこなふに依て、おのづから廣き心になつて)多分一分の兵法として、世に傳る所、始て書顕す事、地水火風空、是五巻也。我兵法を学んと思ふ人ハ、道をおこなふ法あり。第一に、よこしまになき事をおもふ所。大かた、かくのごとくの利を心にかけて、兵法の道鍛練すべき也。此道にかぎつて、直なる所を、廣く見立ざれば、兵法の達者とはなりがたし。(朝な/\夕な/\勤おこなふに依て、おのづから廣き心になつて)此法を学び得てハ、一身にして、二十三十の敵にもまくべき道にあらず。先、氣に兵法をたへさず、直なる道を勤てハ、手にてうち勝、目にみる事も人に勝、又、鍛練を以て、惣躰自由なれば、身にても人に勝、又、此道になれたる心なれば、心を以ても人に勝。此所に至てハ、いかにとして、人に負道あらんや。又、大なる兵法にしてハ、善人をもつ事に勝、人数をつかふ事に勝、身をたゞしくおこなふ道に勝、国をおさむる事に勝、民をやしなふ事に勝、世のれいほうをおこなふ(事)に*勝。いづれの道におゐても、人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道也。 特にありません。「二天一流」というサッカーの法則を知れば、水のごとく自由な心身を得て勝利を収めます。水となるための心の持ち方、身の使い方について記すのが、この水之巻です。サッカーに関することは何でも、詳細のひとつひとつを具体的に書き示すことは困難です。しかし、言葉が足りない文であっても、そこから重要なポイントを感じ取れるはずです。この書の言葉のひとつひとつ、文字のひとつひとつについて、じっくりと考えるようにしてください。大雑把な態度では真実に届きません。また、一対一の局面として書いているところでも、そこから多人数の局面に関わる要素も掴み出すというように、広い視野を持ち続けることが大切です。サッカーでは、小さな誤りや迷いが大きな間違いにつながります。また、この書を読んだだけで、サッカーを正しく知ることはできません。この書は、見るためのものでも、習うためのものでも、真似をするためのものでもありません。この中に入り込み、全身で体感した上で、主体的に判断し検討し続けてください。 兵法二天一流の心、水を本として、利方の法をおこなふに依て、水之巻として、一流の太刀筋、此書に書顕すもの也。此道、何れもこまやかに心のまゝにハ書分がたし。たとへ言葉ハつゞかざると云とも、利ハおのづから聞ゆべし。此書に書付たる所、一こと/\、一字/\にて思案すべし。大かたに思ひてハ、道の違ふ事多かるべし。兵法の利におゐてハ、一人と一人との勝負の様に書付たる所なりとも、万人と万人との合戦の利に心得、大に見立る所、肝要也。此道にかぎつて、すこしなりとも道を違、道の迷ひ有てハ、悪道におつるもの也。此書付斗を見て、兵法の道に及事にハあらず。此書に書付たるを、我身にとつて、書付を見るとおもはず、習とおもはず、にせものにせずして、則、我心より見出したる利にして、常に其身に成て、能々工夫すべし。 特にありません。サッカーでは、いつも平常心を保たなくてはなりません。普段の生活でも試合でも同じように、心は広く素直にして、きつく引っ張らず、少しも緩ませず、どこにも偏らないように真ん中に置き、静かに揺るがせて、そして、揺るぎが少しの間も止まることのないようにしておくのです。静かなときも、心は静かにしておいてはいけません。素早く動くときも、心が早くなってはいけません。心が身体に引きずられることの無いように、身体も心に引きずられることの無いように。心には用心しますが、身体には用心しません。また、心が足らないことも、余ることもないように、表面の心は弱くても、底には強い心を持ち、敵には心が見えないようにします。そして、小さな身体の者は、大きな身体の者のすべてを把握し、大きな身体の者は、小さな身体の者のすべてを把握するようにします。大きな身体の者も小さな身体の者も、自分の体格に合わせた世界観にとらわれるのではなく、違った見え方があることを素直に受け入れることが肝心です。濁りのない心を大きく広げて、その広い心の中に学んだ知恵を置くようにします。知恵も心も磨き続けることが一番大切です。知恵が鋭くなれば、正誤と善悪を判断できるようになり、様々な分野の広い経験を得れば、大勢の意見であろうと流されないようになります。サッカーの知恵は、このようにしてかたち作られるサッカーの知恵が、最も勝敗を左右します。慌しく攻防が繰り広げられている試合中でも、少しも慌てずサッカーの法則の実践のみに集中することが大切です。じっくり吟味してください。 一 兵法、心持の事。兵法の道におゐて、心の持様ハ、常の心に替る事なかれ。常にも兵法のときにも、少も替らずして、心を廣く直にして、きつくひつぱらず、すこしもたるまず、心のかたよらぬやうに、心をまん中に置て、心を静にゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、ゆるぎやまぬやうに、能々吟味すべし。静なるときも、こゝろハしづかならず、何と早き時も、心ハ少もはやからず。心ハ躰につれず、躰ハ心につれず、心に用心して、身には用心をせず。心のたらぬ事なくして、心を少もあまらせず、上の心はよハくとも、底の心を強く、心を人に見分けられざる様にして、少身なるものハ、心に大なる事を残らず知り、大身なるものハ、心にちいさき事を能知りて、大身も小身も、心を直にして、我身のひいきをせざる様に、心をもつ事肝要也。心の内にごらず、廣くして、廣き所に智恵をおくべき也。智恵も心も、ひたとみがく事専也。智恵をとぎ、天下の利非をわきまへ、物毎の善悪をしり、万の藝能、其道々をわたり、世間の人にすこしもだまされざるやうにして、後、兵法の智恵となる心也。兵法の智恵におゐて、とりわきちがふ事、有もの也。戦の場、万事せわしき時なりとも、兵法、道理を極め、うごきなき心、能々吟味すべし。 特にありません。基本体勢について書いていきましょう。顔はうつむいたり上を向いたりせず、傾けたり斜めに向けたりもしません。眼を見開こうとまぶたに力を入れることなく、額にしわを寄せず、眉間にはしわを寄せて、目の玉をじっと動かさないように、まばたきもしないような気持ちで、目を少し細めた穏やかな表情にします。そして、鼻筋をまっすぐにして、下あごを少し前に出します。首は後ろの筋をまっすぐにして、うなじに力を入れて、肩から下全体は均等に感覚し、両肩を下げ、背筋を伸ばして、尻を出さず、膝から足先までに力を入れて、腰が前かがみに折れないように腹の張りを維持します。楔を締めると言って、昔の武士は、腰に差した脇差が帯を締め付ける楔の働きをするように、脇差の鞘に腹を押し付ける姿勢をとりました。皆さんも、この姿勢を試してみてください。総合的には、日常の身体がサッカーの身体であり、サッカーの身体が日常の身体であることが大切です。じっくり吟味してください。 一 兵法、身なりの事。身のかゝり、顔ハうつむかず、あをのかず、かたむかず、ひずまず、目をミださず、額にしわをよせず、眉あひにしわをよせて、目の玉のうごかざる様にして、またゝきをせぬやうに思ひて、目を少しすくめる様にして、うらやかにみゆる顔。鼻筋直にして、少おとがひに出す心也。首ハ、うしろのすぢを直に、うなじに力をいれて、肩より惣身はひとしく覚え、両の肩をさげ、背筋をろくに、尻を出さず、膝より足先まで力を入て、腰のかゞまざるやうに、腹をはり、くさびをしむると云て、脇ざしのさやに腹をもたせて、帯のくつろがざる様に、くさびをしむる、と云おしへ有。惣而、兵法の身におゐて、常の身を兵法の身とし、兵法の身を常の身とする事、肝要也。能々吟味すべし。 特にありません。足を運ぶときには、つま先を少し浮かせて、踵を強く踏むようにします。ステップは、場面に応じて大小や遅速がありますが、常に歩くのと同じようにします。跳ねること、踵を上げたままであること、足裏全体をべったりとくっつけたままになることは、私の流派では避けていることです。ステップに関しては「陰陽の足」という大前提に沿うことが大切です。陰陽の足というのは、片足だけの動きにならないようにするということです。相手に向かっていくときも、移動するときも、相手の侵入を防ごうとするときも、陰と陽、つまり左と右を交互に使うステップを踏むのです。決して片足が続いてはいけません。じっくり吟味してください。 一 足つかひの事。足のはこび様の事、つまさきをすこしうけて、くびすをつよく踏べし。足つかひハ、ことによりて、大小遅速は有とも、常にあゆむがごとし。足に、飛足、浮足、ふみすゆる足とて、是三つ、嫌ふ足也。此道の大事にいはく、陰陽の足と云、是肝心也。陰陽の足ハ、片足ばかりうごかさぬもの也。切とき、引とき、うくる時迄も、陰陽とて、右左/\と踏足也。かへす/\、片足踏事有べからず。能々吟味すべきもの也。 特にありません。サッカーに必要なのは、大きく広く視ることです。全体を観る目を強く、一点を見る目を弱くし、遠くを近くに見て、近くを遠くに見ます。また、敵のプレーは感知するのであって、見るのではありません。このことを自分なりに工夫してみてください。この視方は一対一でも多数の局面でも同じです。目の玉を動かさずに、左右両サイドを見ることが大切ですが、このようなことをプレー中に行うのは、とても難しいものです。ここに書いてあることを覚え、日頃からこの視方を実践し、いつどんな時もこの視方から外れないためにはどうしたらよいかを、じっくり吟味してください。 一 兵法の眼付と云事。目の付様ハ、大に廣く付る目なり。觀見二ツの事、觀の目強く、見の目弱く、遠き所をちかく見、近き所を遠く見る事、兵法の専也。敵の太刀を知り、聊敵の太刀を見ずと云事、兵法の大事也。工夫有べし。此目付、ちいさき兵法にも、大なる兵法にも、おなじ事也。目の玉うごかずして、両脇を見る事、肝要也。かやうの事、いそがしき時、俄にハわきまへがたし。此書付を覚、常住此目付になりて、何事にも目付のかはらざる所、能々吟味有べきもの也。 特にありません。キックのとき足の指は、小指側の方を強めに親指側を弱めに曲げるようにします。そうすると足首が安定します。ただ蹴るというだけでなく、ボールで相手(の守備システム)を切ると思って、ボールを蹴る動作に入ります。ボールを蹴る瞬間も足の指に変わりは無く、足首を安定させておきます。相手のボールを弾くとき、止めるとき、奪うときも、同じ指の状態で、とにかく、相手(の攻撃の狙い)を切ると思って、その動作に入ります。練習でのキックも、試合でのキックも、同じく相手を「切る」と思って行うことに変わりはありません。そして忘れてはいけないのが、足も足指も固まった状態にならないことです。固まった足は死んだ足です。固まっていない足が生きている足です。心によく留めておいてください。 一 太刀の持様の事。刀のとりやうハ、大指、ひとさし(指)をうくるこゝろにもち、たけ高指しめずゆるまず、くすしゆび、小指をしむる心にして持也。手のうちにはくつろぎの有事悪し。太刀をもつと云て、持たるばかりにてハ悪し。敵をきるものなりとおもひて、太刀を取べし。敵を切ときも、手の内にかハりなく、手のすくまざる様に持べし。若、敵の太刀を、はる事、うくる事、あたる事、おさゆる事ありとも、大指、人さしゆびばかりを、すこしかゆる心にして、兎にも角にも切とおもひて、太刀を取べし。ためし物など切ときの手のうちも、兵法にしてきる時の手のうちも、人をきるといふ手のうちにかハる事なし。惣而、太刀にても手にても、いつくと云事を嫌ふ。いつくハ、しぬる手也。いつかざるハ、いくる手也。能々心得べきもの也。 太刀を持つ手を蹴る足に置き換えました。この置き換えは成り立っているでしょうか。足の指の使い方は、ボールが当たる瞬間の足首の強さなどに影響するので、検討されるべきことだと思います。上段、中段、下段、左脇、右脇という5つのボールの位置があります。5つに分けますが、どの位置であっても、ボールを扱う目的は敵を切るということ、ただひとつです。位置はこの5つだけですから、位置ごとの動きは体で覚え、プレー中は相手を切ることにのみ集中してください。また、位置の微妙な違いにも、考えずとも臨機応変に対処できるようになってください。頭の高さを中心とする上段、腰の高さを中心とする中段、地面の下段。以上の3つの位置がベースで、片側が詰まっていると、そこに両脇の要素が加わってきます。左脇か右脇かは、自分の体勢によって選択できる場合もあります。下段がサッカーの基本となるボール位置です。重力によって、ボールが最も安定する位置だからです。他の4つの位置は下段に従うものです。じっくり吟味してください。 一 五方の搆の事。五方の搆ハ、上段、中段、下段、右の脇に搆る事、左の脇に搆る事、是五方也。搆五ツにわかつといへども、皆人を切らむため也。搆、五ツより外ハなし。何れの搆なりとも、搆ると思はず、切事なりと思ふべし。搆の大小は、ことにより、利にしたがふべし。上中下ハ、躰の搆也。両脇ハ、ゆふの搆也。右左のかまへ、上のつまりて、脇一方つまりたる所などにての搆也。右左ハ、所によりて分別有。此道の大事にいはく、搆の極は中段と心得べし。中段、かまへの本意也。兵法大にして見よ、中段は大将の座也。大将につぎ、跡四段の搆也。能々吟味すべし。 構えの位置をボールの位置に置き換えました。それによって、基本の位置が中段ではなく下段となりました。少し補足説明を加えています。脚の振り方を身に付けているとは、何かを強く意識することも無く自由に脚を振れば、的確にボールを蹴ることができるという状態です。脚を速く振ろうとすれば、かえって自然な動きを妨げ振りにくくなります。脚は振りやすい程に静かに振るものなのです。扇や小刀を使うときの手先のように、所謂「小刀刻み」で速く動かせば、ボールにうまく力を伝えることはできません。ボールが前にあるときも、横にあるときも、とにかく振りやすいような楽な軌道で脚を振り、膝を大きく伸ばしながら、足にしっかりとボールを当てるのが、正しい脚の振り方です。次から述べる、ボールの位置ごとの対応の仕方を体得すれば、脚の振り方からさらに迷いが消えていきます。しっかりと練習してください。 一 太刀の道と云事。太刀の道を知ると云ハ、常に我さす刀を、指二つにて振る時も、道筋よくしりてハ、自由に振もの也。太刀をはやくふらんとするによつて、太刀の道さかひて振がたし。太刀ハ、振よきほどに、静に振心也。或は扇、或は小刀などつかふ様に、はやくふらんとおもふに依て、太刀の道違ひて振がたし。夫ハ、小刀きざみといひて、太刀にてハ人のきれざるもの也。太刀を打さげてハ、あげよき道へ上、横にふりてハ、横にもどりよき道へもどし、いかにも大にひぢをのべて、強く振る事、是太刀の道也。我が兵法の五つの表をつかひ覚ゆれバ、太刀の道定て振よき所也。能々鍛錬すべし。 太刀の振り方を足の振り方に置き換えました。ここから5つの位置での、敵の切り方について書いていきます。最初は下段です。ボールを敵との間に置き、敵が右足でボールに向かってきた場合(右利きの敵は多くの場合右足で向かってきます)は、敵の足がボールの右側に外れるように左足でボールを左外に動かします。そのあと、敵との間に右足を軸足として踏み込み、敵がボールをもう一度奪おうとする場合の壁としても使いつつ、敵を切ります(パスやシュートを打ちます)。これから書く5つの位置での切り方については、読んだだけでは納得しにくいものです。動きを練習の中で確かめてみてください。この5つを知り、「二天一流」の法則全体を理解すれば、どんな出方をする敵にも対応できるようになります。そのときに、ボール位置の区別は、この5つで十分であることもわかるでしょう。日々、練習を重ねてください。 一 五つの表の次第の事。第一の構、中段。敵に行相時、太刀先を敵のかほへ付て、敵太刀うちかくる時、右へ太刀をはづしてのり、又敵うち懸る時、切先かへしにて打、うち落したる太刀、其まゝ置、又敵の打かくる時、下より敵の手をはる、是第一也。惣別、此五つの表、書付る斗にてハ合点なりがたし。五ツの表の分ハ、手にとつて、太刀の道稽古する所也。此五つの太刀筋にて、我太刀の道をもしり、いかやうにも敵のうつ太刀しるゝ所也。是、二刀の太刀の搆、五つより外にあらず、としらする所也。鍛錬すべき也。 繰り返しになりますが、基本である中段を下段に置き換えています。原文の動きの意図は、サッカーに置き換えつつも、そのまま伝える努力をしました。このことは以後も同じですが、さて、いかがでしょうか。上段の場合は、敵が飛んだ瞬間に、敵より先に自分がボールに触れるポイントに向かって飛び、ヘディングします。失敗したらすぐにルーズボールに意識を移し、低い姿勢から伸び上がる力をうまく使って敵に勝ちます。高い球は常に同じことです。この5つの位置に合わせた切り方は、それぞれ意識することもリズムも異なりますが、この5つを実践できるようになれば、どの局面でも勝てるようになります。とにかく練習に励んでください。 一 表、第二の次第の事。第二の太刀、上段に構、敵打懸る所、一度に敵を打也。敵を打はづしたる太刀、其まゝ置て、又敵のうつところを、下よりすくひ上てうつ。今一つうつも、同じ事也。此表の内におゐてハ、様々の心持、色々の拍子、此表の内を以て、一流の鍛錬をすれバ、五つの太刀の道、こまやかにしつて、いかやうにも勝所有。稽古すべき也。 2段落目は投げやりな書き方に見えるかも知れませんが、原文そのままです。武蔵は、文では伝わらない広大な場所を眺めながら、この書を書いています。1段落目は、ほとんど私の創作になってしまっています。原文の動きの心を、私はうまくつかめていないかも知れません。中段の場合は、敵が触る前に、敵より低くした身体で一気にボールを運ぶか、ダイレクトでボールを蹴ります。運ぼうとするボールを敵は奪い返そうとしますが、それを予期しておいて、相手を切り落とすような勢いで、強く運び続けます。とにかく、ボールが中段にあるまま、敵の機先を制して一気に切ることが大切です。中段には、ボールが早く動いているとき遅く動いているときなど様々な変化があります。実際にボールを使って鍛錬を繰返してください。 一 表、第三の次第の事。第三の搆、下段にもち、ひつさげたる心にして、敵のうちかくる所を、下より手をはるなり。手をはる所を、又敵はる太刀を打落さんとする所を、こす拍子にて、敵うちたる跡、二のうでを横に切こゝろ也。下段にて、敵のうつ所を、一度に打とむる事也。下段の搆、道をはこぶに、はやき時もおそき時も、出合もの也。太刀をとつて、鍛錬すべきもの也。 原文の下段をサッカーでの中段に置き換えています。構えをボールの位置へ置き換えたこの辺りが、最も「翻訳」に悩んだところです。右利きの者にとっての左脇として書きます。左脇は逆足側であるわけですが、相手のプレッシャーを右肩で受けながら、利き足である右足のアウトサイドで一気に切る(打つあるいは運ぶ)ことを考えます。敵にそれを止められそうな場合は、右足はボールをまたいで、ボールの外側に軸足そして壁として踏み込み、左足で切ります。さらに敵が挑んでくる場合もありますが、敵のプレッシャーを受け止めて勝つというところを繰返すのです。じっくり吟味してください。 一 表、第四の次第の事。第四の搆、左の脇に横にかまへて、敵のうち懸る手を、下よりはるべし。下よりはるを、敵うち落さんとするを、手をはる心にて、其まゝ太刀の道をうけ、わが肩の上へ、すぢかひにきるべし。是太刀の道也。又敵の打かくるときも、太刀の道をうけて勝道也。能々吟味有べし。 多少補足を入れて、サッカーに置き換えました。ここは、訳に対する異論の多いところだと思います。右利きの者にとっての右脇として書きます。敵のプレッシャーを左肩に受けながら、ボールの右側に右足を置くようにしておき、敵が奪いに来たタイミングで、一気に右足で切ります。自然な脚の動きで打てる位置に右足とボールを置いておくようにしていると、より無理のない動きで切ることができます。足とボールの位置を確かめながら練習してください。5つの位置での切り方は、細かく説明できることではありません。「二天一流」を学び、脚の動きを知り、大まかなリズムを覚えることが必要ですが、敵の攻撃に対処できるようになるには、とにかく、この5つの位置における練習を繰返さなくてはなりません。そうやって体得した切り方を使い尽くすつもりで戦えば、敵の出方に応じてリズムを使い分け、どのようにも勝てるのです。じっくり吟味してください。 一 表、第五の次第の事。第五の(次第、太刀の)搆、わが右のわきに横に搆て、敵うち懸る所の位をうけ、我太刀の下の横より筋違て、上段に振あげ、上より直にきるべし。これも太刀の道よくしらんため也。此表にてふりつけぬれバ、おもき太刀自由にふらるゝ所也。此五つの表におゐて、こまかに書付る事に非ず。我家の一通、太刀の道をしり、又、大かた拍子をもおぼへ、敵の太刀を見分事、先、此五つにて、不断手をからす所也。敵と戦のうちにも、此太刀筋をからして、敵の心をうけ、いろ/\の拍子にて、如何やうにも勝所也。能々分別すべし。 『五輪書』には、「よく考えてください」というような言葉が頻繁に出てきます。教えられるのではなく、それを自分で考えること、自分なりに消化することを、第一としています。ボールの位置を5つに分けて、それぞれの位置に応じた切り方を書いてきましたが、切り方は本来、区分けすべきものではありません。敵の出方、場所、試合の流れに合わせて、とにかく、しっかりと切れるように切れば良いのです。上段、中段、下段というボールの位置も、区分けの境界線があるわけではありませんし、両脇も程度が様々です。ですから、それぞれの位置に合わせた切り方は「有って無い」ということなのです。サッカーではとにかく、どんなことをしても敵を切るという気持ちでいなくてはなりません。こちらを切ろうとしている敵を受け止めたり、はね返したり、敵にプレッシャーをかけるのも、すべては敵を切るためと、心得ておくことが大切です。受け止めるためのプレー、はね返すためのプレー、プレッシャーを与えるためのプレーと思っていると、切ることが不十分になってしまいます。すべてにおいて切るという目的を忘れないとはどういうことか、じっくり吟味してください。試合でのフォーメーションやポジショニングなども、それ自体が目的ではなく、切って勝つためのものです。かたちに囚われた思考に陥らないために、日々努力してください。 一 有搆無搆の教の事。有搆無搆と云ハ、太刀を搆と云事、有べき事にあらず。されども、五方に置事あれバ、搆ともなるべし。太刀は、敵の縁により、所により、けいきにしたがひ、いづれのかたに置たりとも、其敵きりよき様に持心也。上段も、時に随ひ、少さぐる心なれバ、中段となり、中段も、利により少上れば、上段となる。下段も、折にふれ少上れバ、中段となる。両脇の搆も、位により、少し中へ出せバ、中段、下段ともなる心也。然によつて、搆ハ有て搆ハなきと云利也。先、太刀をとりてハ、何れにしてなりとも敵をきる、と云心也。若、敵のきる太刀を、うくる、はる、あたる、ねばる、さはる、など云事あれども、みな敵をきる縁也、と心得べし。うくるとおもひ、はるとおもひ、あたるとおもひ、ねばるとおもひ、さはると思ふによつて、切事不足なるべし。何事もきる縁とおもふ事、肝要也。能々吟味すべし。兵法大にして、人数だてと云も搆也。ミな合戦に勝縁也。いつくと云事悪し。能々工夫すべし。 前に、訳文の中で簡単に書きましたが、「切る」とは敵のシステムや流れを切るということで、パスやシュートやキックやヘディングなどあらゆるプレーはそこに集約されます。当たるほどに敵に急接近すると、一瞬、敵はどう反応していいかがわからなくなります。そのときに、できるだけ小さな動きで素早く切るリズムを、一拍子と言います。こちらの攻撃に対して引こうとか、攻撃を止めようとか外そうなどと、敵が判断をする前に切るわけです。このリズムの感覚をよく掴んで、間をおかずに切るタイミングを練習してください。 一 敵をうつに、一拍子の打の事。敵を打拍子に、一拍子と云て、敵我あたるほどの位を得て、敵のわきまへぬうちを心に得て、我身もうごかさず、心もつけず、いかにも早く、直にうつ拍子也。敵の、太刀ひかん、はづさん、うたん、とおもふ心のなきうちを打拍子、是一拍子也。此拍子、よくならひ得て、間の拍子をはやく打事、鍛錬すべし。 特にありません。切ろうとしたとき、敵がすばやく足を出したり自分のボールを守る体勢に入ったりするときは、切ると見せかけて切らず、敵が気を緩めるあるいは防備を解く一瞬を狙って切ります。これが二のこしのリズムです。これを読んだだけですぐに出来るようにはなりませんが、実際に相手を立ててコーチを受ければ、直ちに理解できるはずです。 一 二のこしの拍子の事。二のこしの拍子、我うちださんとするとき、敵はやく引、はやくはりのくる様なる時ハ、我うつとみせて、敵のはりてたるむ所を打、引てたるむところをうつ、これ二のこしの拍子也。此書付ばかりにてハ、中々打得がたかるべし。おしへをうけてハ、忽合点のゆく所也。 特にありません。敵も自分も、目の前のボールを今まさに同時に蹴ろうとしている時、その緊張感の中で身体は「蹴る身体」に、心は「蹴る心」になって、意識せずとも脚が自ずと動き出し、後早の強いキックとなります。これが無念無相という非常に重要な切り方です。度々必要となる切り方ですから、十分に理解し練習を続けてください。 一 無念無相の打と云事。敵もうち出さんとし、我も打ださんとおもふとき、身もうつ身になり、心も打心になつて、手ハ、いつとなく、空より後ばやに強く打事、是無念無相とて、一大事の打也。此打、たび/\出合打也。能々ならひ得て、鍛錬有べき儀也。 特にありません。競り合いの時に敵が、早く引こうとか、早く外そうとか、早く蹴り出そうとかしている時には、自分は身体も心も大きく構えて、ユルユルと淀んだ場所から急に水が流れ始めるように、ゆったり動かした身体の後から脚を大きく強く振り出してボールを打ちます。このことを流水と言います。この切り方を習得すると、使える場面がかなりあるものです。敵の状態を見分けることが肝心です。 一 流水の打と云事。流水の打と云て、敵あひに成て、せりあふ時、敵、はやくひかん、はやくはづさん、早く太刀をはりのけんとする時、我身も心も大になつて、太刀を、我身の跡より、いかほどもゆる/\と、よどミの有様に、大に強くうつ事也。此打、ならひ得てハ、たしかにうちよきもの也。敵の位を見分事、肝要也。 解釈が難しいところでしたが・・・。こちらの動作に対して、敵が止めようクリアしようと向かってきた場合、自分の動作の流れはそのままに、敵の予想をはるかに超える大きく強い動きに拡大し、敵を置き去りにすることを、縁といいます。練習してこの切り方をマスターすれば、あらゆる場面で使えます。時間をかけて練習し、使い方を理解しておきましょう。 一 縁のあたりと云事。我うち出す時、敵、打とめん、はりのけんとする時、我打一つにして、あたまをも打、手をも打、足をも打。太刀の道ひとつをもつて、いづれなりとも打所、是縁の打也。此打、能々打ならひ(得てハ)、何時も出合打也。さい/\打合て、分別有べき事也。 特にありません。脚を付き合わせるくらいに敵と接近し、どちらがボールを支配しているかわからない状態で、予備動作をほとんどすること無く強く切ることを、石火と言います。脚も身体も腕も強くして、その全身の力を素早くボールに伝えます。この切り方は、何度も練習を繰返してやっと身に付くものですが、練習を重ねれば強く切れるようになります。 一 石火のあたりと云事。石火のあたりハ、敵の太刀とわが太刀と付合程にて、我太刀少もあげずして、いかにも強く打也。是ハ、足もつよく、身も強く、手も強く、三所をもつて、はやく打べき也。此打、たび/\打ならはずしてハ、打がたし。能鍛錬をすれバ、つよくあたるもの也。 特にありません。紅葉が枝からハラリと落ちていくように、敵がボールを失う。そんな風に敵からボールを奪い取ることを、紅葉と言います。敵がボールを持って、蹴ろう、抜こう、外そうなどと思っている場合、自分は無念無相あるいは石火によってボールに強く当たり、その流れのままに身体を入れて敵をブロックすれば、敵は必ずハラリとボールを失うものです。鍛錬すればこのやり方で簡単にボールを奪えるようになります。繰り返し練習してください。 一 紅葉の打と云事。紅葉のうち、敵の太刀を打落し、太刀とりはなす(はなつ)心也。敵、前に太刀を搆、うたん、はらん、うけんと思ふ時、我打心ハ、無念無相の打、又、石火の打にても、敵の太刀を強く打、其まゝ跡をはねる*心にて、切先さがりにうてバ、敵の太刀、かならず落もの也。この打、鍛練すれバ、打落す事安し。能々稽古有べし。 特にありません。身に換わるボールとも言いますが、敵を切るときには、ボールと身体が一体でなければならないわけではありません。身体が先に相手の背後を取り、ボールを後から来させるフェイントやパス交換が可能ですし、ボールを先に行かせて身体は後で追いつくということも可能です。多くは身体が先で、ボールが後に追いつくパターンですが、よく考えて、いろいろと練習してみましょう。 一 太刀にかはる身と云事。身にかはる太刀とも云べし。惣而、敵をうつ身に、太刀も身も一度にハうたざるもの也。敵の打縁により、身をバさきに打身になり、太刀ハ、身にかまはず打所也。若ハ、身はゆかず、太刀にてうつ事はあれども、大かたハ、身を先へ打、太刀を跡より打もの也。能々吟味して、打習べき也。 太刀をボールに置き換えました。蹴ると止めるは別のことです。蹴るというのは、どんな蹴り方でも、方向や軌道や強さを意識しながら蹴ります。止めるのは、せき止める程の大まかな意思しかなく、敵を弾き飛ばすくらいに強く止めても、そこに蹴るほどの明確な意識(方向性)があるわけではありません。敵の動きにしてもボールにしても、まず止めるわけですが、それは、その後に蹴るためです。止めるのは行動の始まりでしかありません。蹴ると止めるとの違いをよく知って、上手に使いこなしてください。 一 打とあたると云事。うつと云事、あたると云事、二つ也。うつと云こゝろハ、何れのうちにても、おもひうけて、たしかに打也。あたるハ、行あたるほどの心にて、何と強くあたり、忽敵の死ぬるほどにても、これハ、あたる也。打と云ハ、心得て打所也。吟味すべし。敵の手にても、足にても、あたると云ハ、先、あたる也。あたりて後を、強くうたんため也。あたるハ、さはるほどの心、能ならひ得てハ、各別の事也。工夫すべし。 打つことを蹴ることに、あたることを止めることに、置き換えました。欲しいものに手を出してはいけない状態にあることを、秋猴の身と言います。競り合いの場面では、早く蹴りたい気持ちやヘディングしたい気持ちを抑え、敵に対して身体を入れることを優先します。ボールへの意識が強いと、必ず良いポジションに行き着けないので、とにかく、身体を先に入れてしまいます。キックやヘディングをしようとする時間があるのなら、余裕を持って身体を入れることができるはずです。じっくり吟味してください。 一 しうこうの身と云事。秋猴の身とハ、手を出さぬ心也。敵へ入身に、少も手を出だす心なく、敵打つ前、身をはやく入心也。手を出さんとおもヘバ、かならず身の遠のく物なるによつて、惣身をはやくうつり入心也。手にてうけ合する程の間にハ、身も入安きもの也。能々吟味すべし。 特にありません。位置を争って身体を入れるとき、漆や膠(にかわ)のようにぴったり付いて離れないことを、漆膠(しっこう)の身と言います。頭も身体も脚も強く付けるのです。人は、頭や手や足を先に入れようとすると、身体は引けるものです。しかし、位置をしっかりと確保するためには、身体全体を少しの隙間も無いように敵の身体へ付ける必要があります。じっくり吟味してください。 一 しつかうの身と云事。漆膠とハ、入身に、よく付て離ぬ心也。敵の身に入とき、かしらをも付、身をも付、足をも付、強く付所也。人毎、顔足ハ早くいれども、身ハのくもの也。敵の身へ我身をよく付、少も身のあひのなき様に、つくもの也。能々吟味有べし。 特にありません。敵と位置を争うときにはとにかく、身体を縮こまらせない様にして、脚も腰も首もしっかり伸ばし、強く入ります。これを、たけくらべと言います。敵の顔に自分の顔を並べ、背の高さを比べて勝とうとしているような感じで、全身を伸ばしながらも相手に強い圧力をかけることが肝心です。スムーズにできるよう工夫してください。 一 たけくらべと云事。たけくらべと云ハ、いづれにても敵へ入こむ時、我身のちゞまざる様にして、足をも延べ、腰をものべ、首をも延て、強く入り、敵のかほと顔とならべ、身のたけをくらぶるに、くらべ勝と思ほど、たけ高くなつて、強く入所、肝心也。能々工夫有べし。 特にありません。敵も自分もボールに接触して、どちらのボールともいえないときは、粘る気持ちでボールを離さないようにします。ボールから離れないためには、強く付こうと思わないことが大切です。ネバネバと粘り付くつもりでいれば、強く力を入れなくても、うまくいくものです。粘ると、もつれるということがありますが、くっつく力が粘る方は強く、もつれる方は弱いのです。この違いを理解しましょう。 一 ねばりをかくると云事。敵も打かけ、我も太刀うちかくるに、敵うくる時、我太刀、敵の太刀に付て、ねばる心にして入也。ねばるハ、太刀はなれがたき心、あまり強くなき心に入べし。敵の太刀に付て、ねばりをかけ、入ときハ、いかほど静に入ても、くるしからず。ねばると云事と、もつるゝと云事、ねばるハ強し、もつるゝハ弱し。此事分別有べし。 特にありません。(サッカーの場合、使い方に制限がありますが、その力を知ることは他のプレーのためにも大切です)体当たりとは、敵の懐に入り込んで当たることです。身体を強く固め、少し顔をそむけ左肩を出すようして、弾けるように敵の胸に当たります。この要領を覚えた体当たりは、敵を4~5メートルも突き飛ばしてしまうほどの力です。身体にはこれだけの力があることを知って、相手のプレッシャーに対しても落ち着いてプレーをするようにしましょう。 一 身のあたりと云事。身のあたりハ、敵のきはへ入込て、身にて敵にあたる心也。すこし我顔をそばめ、わが左の肩を出し、敵の胸にあたる也。我身を、いかほども強くなり、あたる事、いきあひ拍子にて、はづむ心に入べし。此入事、入ならひ得てハ、敵二間も三間もはけのく程、強きもの也。敵死入ほども、あたる也。能々鍛錬有べし。 サッカーにおいて体当たりの力を知る意味を考えて、少し補足しています。© 2020

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